埼玉県在住の福岡 崇さんは、長男(12歳)、長女(10歳)、ママの4人家族。
長女のKちゃんは、生まれつき気管が狭く、呼吸困難や窒息を引き起こす「先天性気管狭窄症(せんてんせいきかんきょうさくしょう)」という病気を抱えており、医療的ケアが必要です。
福岡さんは自身の経験から、医療的ケア児や重症心身障害児(以下重心児)など、医療依存度の高い子どもを安心して預けることができる重心型放課後等デイサービス「リルハウス」を立ち上げました。今回は、Kちゃんが生まれてからこれまでの育児生活を福岡さんに振り返ってもらいます。全2回のインタビューの前編です。
生後すぐに気管切開の決断を迫られ…娘は医療的ケア児に
Kちゃんの妊娠経過は順調に見えたという福岡さん。ところが出産予定日前日の健診で「赤ちゃんの心臓の音が聞こえにくくなっている」と医師に告げられ、急きょ緊急帝王切開の手術が行われたそう。
「娘は生まれた瞬間、産声(うぶごえ)をまったく上げず、呼吸も弱い状態で、すぐさま近くの大きな病院に緊急搬送されました。その時点では詳しいことがわからず、とにかく酸素を送る処置をして、詳しい検査は後日ということに。
娘と初対面できたのは生後1週間がたったころ。初めて目にした娘は、NICU(新生児集中治療室)でたくさんのチューブにつながれた姿でした。呼吸がかなり弱いことから『気管に問題があるのではないか』ということで、検査を受診。その結果、『先天性気管狭窄症』という病気であることがわかりました。
『気管切開をしなければ命に関わる』と医師から説明を受けたときは、やはり真っ先に『なぜうちの子が…』と思いました。自分自身、地に足がつかないような感覚で、状況がよく理解できないまま時間が過ぎていったように思います。
ただ、命を守ることが最優先だったので迷う余地はなく、すぐに気管切開の手術をお願いしました。娘をようやく初めて抱きかかえられたのは、手術後の生後1カ月ころ。そのときはさまざまな感情が溢(あふ)れ涙を抑えきれなかったと記憶しています」(福岡さん)
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「自分がこの子を死なせてしまうのではないか」という恐怖に襲われたことも。3〜4年続いた24時間看護の日々
先天性気管狭窄症は、生まれつき気管が細く呼吸がしづらい病気。重症の場合には、風邪などをきっかけに窒息を起こし、命にかかわることも。またKちゃんは、気管が弱く、呼吸をする際に通常のように伸縮しない『気管軟化症』という別の疾患も抱えていることが判明。そのため、つねに呼吸が苦しい状態で、気管切開の手術直後から人工呼吸器を使用することに。
「娘は生後3カ月でようやく退院。家に戻ってからは24時間体制で娘を見守る生活が始まりました。呼吸器の管理と、1時間に1回の頻度で痰(たん)の吸引をする必要があり、私と妻が交代で夜中もずっとつき添っていました。
退院してすぐのこと。妻と息子が外出し、初めて私が1人で娘を看る時間があったんです。そのとき、娘の気管切開のチューブが抜け、さらに呼吸器も外れてしまって…、あせればあせるほど、なかなか再装着できない…。『自分がこの子を死なせてしまうのではないか』というこれまで感じたことのない恐怖に襲われました。あの気持ちは今でも鮮明に心に残っていて、1人で医療的ケア児を看ることのたいへんさや、気管切開をしている子のケアのむずかしさをあらためて痛感したできごとでした。
24時間体制で看護する生活は約3~4年続くことに。その間、妻は完全に娘につきっきりでしたし、私は仕事をしながらの育児。つねに睡眠不足で、仕事中も頭が回らないような状態。ぐっすり眠った記憶はなく、心身ともにつらい時期だったと思います。
また、“ただ移動する”ということにも苦労していました。どこへ行くにも呼吸器をつけたまま移動しなければならず、ふつうの家庭のようにちょっとした外出や買い物すら自由にできない…。このころまだ2歳だった息子を、どこにも連れて行ってあげられないことへの申し訳なさもずっと感じていました…。本人は何も言いませんでしたが、寂(さみ)しい思いをさせていたはずです」(福岡さん)
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だんだんと自発呼吸が可能に!ふつうに呼吸できる日々をめざして
先天性気管狭窄症を完治させる治療法は、現在のところまだありません。しかしながら、適切な治療を続けることで良好な呼吸状態を維持し、ふつうの人と同じような生活を送れる患者も増えているそう。
「娘も成長とともに徐々に自発呼吸が可能になり、4歳で人工呼吸器をはずすことができました。このまま気管が広がっていけば、ふつうに呼吸ができるようになると言われています。最初は医師から『ふつうの生活ができるまで10年くらいかかる』と言われていたのですが、7~8年がたった今、少しずつではありますが、よくなっている実感があります。
ただ、現在も気管切開の状態は続いているので痰(たん)の吸引は必須ですし、体調が悪くなれば人工呼吸器が必要に。完全に人工呼吸器がいらないという状態ではありません。また、病気にかかると悪化しやすく、とくに風邪をひくと肺炎を引き起こす可能性が高いため、日常の体調管理がとても重要になっています。
それに加え、実は呼吸以外に筋肉にも重い症状があって…。こちらは検査をしても原因不明でした。
人よりも全身の筋力が弱いため、ほかの子のように歩くことや走ることはできない状態。顔の筋肉も硬直しているため、笑顔をつくることや硬いものを噛むことがむずかしいんです。食事も、初めは鼻から経管栄養を行っていましたが、成長に伴い胃に直接栄養を入れる“胃ろう”を造設。5歳ころからようやく口で食事を取れるようになりました。
気管は改善の見込みがありますが、筋肉は将来的によくなるのか、まだわかりません。それでも小さいころと比べると、かなり筋力はついてきており、日常の中でもなるべく歩くようにしたり、リハビリに通ったりして、少しでも身体を動かすよう心がけています」(福岡さん)
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Kちゃんは現在10歳。“娘の明るさに救われている”
現在10歳になったKちゃんは一般の小学校の特別支援級に通っています。学校生活でのKちゃんの様子や家族のことなど、最近のお話を聞きました。
「学校では学習を進めながら、日常生活に必要なサポートも受けています。同じ特別支援級に通っている子のほとんどは知的障害で、娘のように医療的ケアが必要なケースは珍しいのですが、娘は自分自身で痰(たん)の吸引もできるため、先生方のご理解を得て特例として受け入れていただけたんです。
知的な発達面については、学習の進度が同年代より2学年ほどおくれていますが、それ以外の点では問題なく成長しています。スピーチカニューレ(気管切開していても発声できるようにするための管)を使用することで、会話や歌を歌うこともできますし、人工呼吸器が外れてからは、リハビリを重ねて、徐々に発声や会話ができるようになりました。
移動する際も、長距離の場合はバギーを使っていますが、学校内では先生と手をつないで歩いています。手の力はやや弱いものの、日常生活では問題ありません。
また、娘はダンスを踊るのが大好き。6歳ころから障害児向けのダンス教室に通い始めたのをきっかけに、たちまちに夢中に。現在では大切な楽しみの1つになっています。
ふだん娘自身がこの病気について何か気持ちを話すことは、あまりありません。自分がほかの人と違うということはきっとわかっていると思うのですが、それに対して弱音を吐いたり、不満を言ったりするのは今まで1度も聞いたことがない。そんな娘の様子を見るたびに『この子は気持ちの強い子だな』と感心させられます。性格もとても明るく、前向きなんです。それが本当にありがたく、親の私たちも救われていると思います」(福岡さん)
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将来の夢は家族旅行!きょうだいも支え合える存在になってくれたら
「娘には2歳年上の兄がいます。息子と娘の関係についてですが、正直なところ、今はあまり仲がよいとは言えません(笑)。幼いころから親が娘のケアにつきっきりになることが多く、息子としっかり向き合う時間が少なかったことも関係しているかもしれません…。
ただ、たまにではありますが、一緒にいる時間もあります。たとえば、勉強を教えてあげているとき。息子は勉強が好きなので、娘に教えることがあり、その姿はほほ笑ましいです。
私の理想としては、やはりきょうだいが将来的には仲よく助けあってくれること。2人しかいないきょうだいですので、支え合える関係になってくれれば、これ以上ありがたいことはありません。
とはいえ、基本的に強制はせず、なるべく子どもたちの意思を尊重したい。今後も2人の成長をサポートしつつ、それぞれが興味のあることにはできる限り協力し、挑戦できる環境を整えていけたらと考えています。そしていつか子どもたちが本当に好きなことや得意なことを見つけたとき、それを伸ばしていけるような子育てをするのが、私たちの目標です。
また将来的な家族の夢は、4人で旅行に行くこと。とくに、海外旅行に行きたいという思いがあります。
娘は呼吸器の問題があるので、飛行機に乗る際の気圧の関係で、現状ではむずかしい部分があります。それでも医師から『一定の期間を過ぎれば、ほかの子と同じような状態に戻る可能性がある』と言われているので、人工呼吸器の装着がいずれ完全にいらなくなるかもしれないという希望はあり、海外旅行も現実的になるかもしれません。
『いつかそうなったらいいね』と家族みんなで楽しみにしています」(福岡さん)
お話・写真提供/福岡 崇さん 取材・文/安田 萌、たまひよONLINE編集部
生まれたときから医療的ケアが必要だったKちゃんのために、リハビリや育児に奮闘してきた福岡さん。そんな自身の経験から、全国でもまだまだ少ない重心型放課後等デイサービス「リルハウス」を開設します。後編では、会社を立ち上げてデイサービスを開設した経緯や活動への思い、そして家族の現在についてお話を聞きました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
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福岡 崇さん
PROFILE
2児の父で、長女のKちゃんは医療的ケア児。長女を育てる環境の中で、重心児や医療的ケア児を対象としている通所施設や、医療依存度の高い子どもを安心して預けることができる場所がとても少ないことを知る。その後、全国でもまだ少ない、重心型放課後等デイサービス施設を立ち上げることを決意。2024年10月に重症心身障害児や医ケア児に特化したデイサービス「リルハウス」を開設し、代表を務める。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年4月の情報で、現在と異なる場合があります。
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