ブルーメンタル由夏理さんの長男、くのくん(6歳)は、希少疾患のアレキサンダー病と診断されています。アレキサンダー病は脳の特定の細胞に病変をきたし、脳内に異常なたんぱく質がたまってしまい、さまざまな症状が現れる遺伝子疾患です。診断のきっかけとなったのは、9カ月のとき頻繁にけいれん発作を起こすようになったことでした。
外科医であり、今はアレキサンダー病の研究と創薬の仕事に従事する母親の由夏理さんに聞いた、全3回のインタビューの2回目です。
さまざまな検査を受けるも「異常なし」。でも、けいれん発作が止まらない
くのくんが初めてけいれん発作を起こしたのは生後9カ月のとき。夫婦ともに外科医のブルーメンタルさん家族は、当時、夫の実家があるドイツで暮らしていて、由夏理さんは育休中でした。
「夜中の3時ごろベビーベッドのほうから、『チュパチュパ』と授乳しているときのような音が聞こえ、目が覚めました。『おっぱいを飲む夢を見ているのかな』とほほえましい気持ちで息子の顔を見た私は、一瞬で血の気が引きました。くちびるの片側だけがヒクヒクしていて、目は片目だけパチパチとウインクしています。かわいらしいというものではなく、明らかに異常な状態です。しかも何度呼びかけても反応しません。夫とともに飛び起きて、すぐに救急車を呼びました。
医師としての経験上、一刻も早く処置が必要な状態だとわかりました。でも、その場では何もできません。あせりと不安から、救急車が到着するまでの数分が、何時間にも感じました」(由夏理さん)
病院で抗てんかん薬の点滴をしたことでけいれん発作は収まりましたが、精密検査を行うためにそのまま入院となりました。
「EEGという脳波の検査や、頭部・腹部の超音波検査、MRI検査、24時間血圧測定、心臓エコー、血液検査など、さまざまな検査を行ったけれど原因は不明。原因がわからないということは、解決策・治療法もわからないということ。『早く適切な治療を受けさせたい』。あせりばかりが募っていきました。
その一方、脳の組織には異常がないという、うれしいことも判明。水頭症治療のためのシャント挿管や、手術中の感染で発症した髄膜炎の影響で、一過性のけいれん発作を起こしただけなのかもしれない。そんな希望がわいてきました。
その入院中にけいれん発作を起こすことはなかったので、2日後に退院。けいれん発作を起こしたときに飲ませる薬が処方されました」(由夏理さん)
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難治性のてんかんと診断され、抗てんかん薬の服用を始める
その後、「一過性のけいれん発作」という由夏理さん夫妻の期待は、打ちくだかれることになってしまいます。くのくんが何度も何度もけいれん発作を起こすようになったのです。
「退院後1カ月くらいは何事もなく穏やかに過ごしていたのですが、ある日突然けいれん発作が再発し、ひどいときには1日に何度もけいれん発作を起こすように。そのころ夫はドイツの病院で外科医をしていて、毎日多忙だったので、けいれん発作を起こしたときの救急車の要請や、薬を飲ませるのは、私1人でやるしかありませんでした。
授乳で疲れていましたが、深く眠ってしまうと息子が発作を起こしたとき気づけないかもしれないという危機感から、眠るのがこわくなり、ウトウトしてはハッと目を覚ますのを毎晩繰り返していました」(由夏理さん)
くのくんは、けいれん発作を起こしたときの緊急対応として薬を飲んでいましたが、「てんかん治療のために毎日薬を飲むことは、副作用の懸念があり悩んだ」と由夏理さんは言います。
「脳に作用する薬ですから、期待される効果だけでなく、副作用もあります。とくに1歳前の息子の脳は発達途上の状態です。毎日薬を飲むことが、脳にどのような影響を与えるかわかりません。息子のような病気の場合、抗てんかん薬は基本的に一生飲むことになるので、薬を飲み続けなければいけなくなることに対し、とまどいもありました。
けいれん発作を起こさないときの息子は、母乳をよく飲み、とても元気でした。だから、抗てんかん薬の服用にどうしても思いきれなくて。夫とともにいろいろ考え、迷いに迷いました」(由夏理さん)
くのくんのけいれん発作は、それからも治まらず、難治性のてんかんと診断。1歳になったころ、由夏理さん夫妻は抗てんかん薬を飲ませることにしました。
「薬のおかげでけいれん発作の頻度は徐々に減り、現在ではけいれん発作は起きていません。薬でしっかりコントロールできているのだと思います。あんなに悩んだてんかん薬の服用ですが、息子の苦しみをひとつ減らすことができ、本当によかったと思っています」(由夏理さん)
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セカンドオピニオンの医師が「先天性白質形成不全」の可能性ありと
投薬によっててんかん発作の頻度は減っているとはいえ、その原因はわかっていません。でも、1歳6カ月になる前に行ったMRI検査の結果は、初めは「異常なし」でした。
「この診断結果に、何とも言えない違和感がありました。夫も同じ意見でした。家に帰ってから息子の脳の画像と、ネットで探した息子と同年齢くらいの健常児の脳の画像を比較。その結果、違和感はいっそう強くなったんです。
ほかの医師の意見も聞いてみたいと思い、ドイツの別の病院の医師と、オランダの病院の医師に、セカンドオピニオン、サードオピニオンを受けることにしました。私たちが感じる『何かおかしい』という感覚を否定してほしい、『異常はない』と言ってほしい、そんな祈るような思いもありました。
しかし、由夏理さん夫妻はオランダの病院の医師から「先天性白質形成不全の可能性が高い」と言われます。
「先天性白質形成不全とは、脳の白質という部分が正常に発達しないことで起こる、子どもの脳の病気の総称なんですが、初めてこの病名を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは『何それ?』。ほとんど知識がなかったんです。でも、説明する先生の表情から、予後がよくない病気なんだろうなということはわかりました。
先天性白質形成不全は遺伝性のものが多いことが知られているため、遺伝子検査を行うことになりました」(由夏理さん)
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遺伝子検査で「アレキサンダー病」という聞いたこともない病名の診断が
遺伝子検査の第1段階の結果は、「正常」と報告がありました。
「遺伝子検査は2段階で実施されます。第1段階は『肉眼目視検査』と呼ばれるもの。顕微鏡を使って遺伝子のサイズ、形、数などに異常がないかを確認する検査です。ダウン症のトリソミーなどの場合は、この検査で異常が発見されます。息子は第1段階は正常だったんです。
そう報告を受けたときは、ただただホッとしました。妊娠36週目に重度の水頭症と診断されてから初めて、心の底からリラックスできた気がしました」(由夏理さん)
くのくんの遺伝子は、第2段階の精密検査へと進みました。
「第1段階が正常であったこと、また、私の誕生月であったことから、2020年6月、息子が1歳6カ月になる少し前に、家族3人でオランダに旅行しました。
旅行と言っても、当時住んでいたドイツの家からは車で数時間の小旅行です。でも家族3人でのんびりと楽しく過ごすことができました。
ところがその帰り道、遺伝子検査を受けた病院から電話があり、『遺伝子検査の結果をお伝えしたいから、できるだけ早く来てください』と。電話口では説明できない、しかもできるだけ早くということは、よくない結果が出たんだと直感しました。
夫と共に病院に行くと、担当医は開口一番、『遺伝子検査の結果、アレキサンダー病と確定診断しました』と言うんです。それまで聞いたこともない病名で、ほんの少しの可能性も考えたことのない病名です。何も考えられなくなり、目の前が真っ暗になりました」(由夏理さん)
アレキサンダー病は、脳の特定の細胞に病変をきたし、脳内に異常なたんぱく質がたまってしまい、さまざまな症状が現れる遺伝子疾患です。
主に乳児期に発症し、けいれん発作、頭囲拡大、精神運動発達の遅れの3つが主な症状となる「大脳優位型」、学童期あるいは成人期以降に発症し、 運動機能障害や立ちくらみ、排尿困難などが主な症状となる「延髄・脊髄優位型」、両型の特徴をみとめる「中間型」に分類できます。
「初めて医師から説明を受けたときは、あまりのショックで説明された内容をきちんと理解できていませんでした。帰宅後、夫と2人で必死になって調べました。寿命は乳幼児で発症する型で平均14年くらい、学童期・成人以降で発症する型で発症から平均約25年くらいとされているけれど、個人差が大きいこと、一般的に発症が早ければ早いほど予後は悪いとされていることなどがわかりました。
日本には50人ほど、世界で500人ほどの患者さんしか報告されていないといわれる希少難病で、今のところ、この病気を治す薬はありません。
なぜ息子がこんな難しい病気にならなければいけないの?
絶望と悲観で押しつぶされそうになり、生きていることが苦痛になりました。
振り返ってみれば、オランダへの小旅行が無心に楽しめた最後の家族旅行になりました。その後も家族旅行をしていますが、酸素ボンベ、数々の薬、栄養剤、たん吸入器を持参するため、大がかりな移動となります。しかも、緊急対応ができる病院が近くにある場所や、救急車が来やすい場所以外は行けなくなりました。
息子の病気がアレキサンダー病だとわかったあの日から、私たち家族の生活はがらりと変わってしまったのです」(由夏理さん)
お話・写真提供/ブルーメンタル由夏理さん 取材協力/アステラス製薬株式会社 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
度重なるけいれん発作に苦しめられたくのくんは、遺伝子検査の結果、1歳6カ月になる少し前にアレキサンダー病と診断されました。
インタビューの3回目は、アレキサンダー病のくのくんを救うために、由夏理さん夫妻が決断したことや、現在の生活のことなどについて聞きました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
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ブルーメンタル由夏理さん(ぶるーめんたるゆかり)
PROFILE
イギリスのロンドン大学・セントジョージ校医学部卒業。イギリスのケンブリッジ大学病院にて外科医勤務。2021年、希少疾患支援のためのNPO「K.U.N.O.」をドイツで設立。2021年に帰国し、アステラス製薬に入社。創薬研究開発業務に従事。また、京都大学iPS細胞研究所でアレキサンダー病の研究を行うかたわら、アメリカのアレキサンダー病患者会「End AxD」の理事を務める。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年5月の情報であり、現在と異なる場合があります。
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