2025年4月、こども家庭庁は母子健康手帳の新生児の検査記録に、新しく「先天性サイトメガロウイルス検査」の欄を設けました。母子感染するサイトメガロウイルスは、ワクチンもなく、完全に防ぐことが難しいとされています。
長女の陽菜さん(22歳)が先天性サイトメガロウイルス感染症という、吉田美知代さんに出産から今日にいたるまでの様子を聞きました。全2回インタビューの前編は「妊娠中の母子感染について、ちゃんと知っていたならば」と、今も悔やむ妊娠初期のことから始まります。
2025年4月、母子健康手帳に「先天性サイトメガロウイルス検査」の記入欄が
サイトメガロウイルスは、いわゆるヘルペスウイルスの一種です。多くの人が成人までに一度は感染するごくありふれたウイルスなので、聞いたことがある方もいるかもしれません。免疫が低下しているなど特殊な状態を除けば、ほとんどが無症状で終わり、治療を必要としません。
ですが、妊娠中のサイトメガロウイルス感染には注意が必要です。とくに初めて感染した場合には、胎盤を通じておなかの赤ちゃんへ感染(母子感染)しやすく、難聴や発達の遅れなどのリスクが高まることがわかっています。
先天性サイトメガロウイルス感染症は、生後2カ月までに抗ウイルス薬による治療を開始することが望ましいとされています。早期発見・早期治療のため、2025年から母子健康手帳の検査欄に新しく項目が加えられることになりました。
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普通の育児なんてできないじゃん!医師の言葉に翻弄され続けて
吉田さんの第2子となる長女・陽菜さんは22歳になります。当時、妊娠33週に1090gの極低出生体重児として生まれました。
「陽菜は生後2カ月で先天性サイトメガロウイルス感染症と診断されました。当時の小児科医に『これからどうなるのか?』と聞いても『わからない』をくり返すばかり。生後3カ月の退院時、小児科医から『どんな障害が出るかわからないけれど、普通の育児をしてあげてください』と言われました。
その後、陽菜は1歳のときに脳性まひと診断され、身体障害者1種1級と認定。
どこが‟普通の育児でいい“なの? あの言葉は一体なんだったの?と、心がかき乱されました」(吉田さん)
思い返せば違和感は、妊娠しているころから始まっていました。
胎児の成長が遅いと言われるも、「たぶん、大丈夫」と、信じていた
吉田さんの第2子妊娠がわかったのは2002年7月末。長男が2歳8カ月のころでした。
「つわりがひどくて2週間入院することになり、血液検査をすると、医師から『あなた肝炎なの? 肝臓が悪いでしょ』と言われました。そんなこと言われたことないし身に覚えもありません。とりあえず肝臓の数値を下げる治療をしましたが、原因は不明でした。
のちに知りますが、サイトメガロウイルスに感染すると肝臓の数値が悪化するそうです。このときにすでに感染していたのかな・・・と、今では推測しています」(吉田さん)
年が明けた2003年1月、妊娠7カ月の健診で「前回と比べて赤ちゃんが育っていない」と言われ、妊娠中の喫煙の有無について聞かれました。
「長男の妊娠以降、たばこはずっとやめていました。そして、2週間後に来るように言われたのですが、翌週、私が発熱し、再入院することになりました。
エコーでは赤ちゃんは元気でしたが、やはり成長が遅いため、担当医から『万が一を考えて、退院後はNICU(新生児集中治療室)のある大きな病院へ転院してください』と言われたんです」(吉田さん)
ただ当時、吉田さんの意識はおなかの赤ちゃんよりも、毎日のお世話に苦労していた長男に向いていたそうです。
「そのころ、保育所生活になかなかなじめずにいた2歳の息子が、現在でいうところの自閉スペクトラム症(ASD)の傾向があると診断されたんです。長男は、ほかの子とは違うと感じていた部分もあり、診断されたことで‟やっぱりそうだったんだ”と、ふに落ちた部分も・・・。療育など、これからいろいろとスタートせねば!と、思っていた時期でした。
おなかの赤ちゃんは第2子だったこともあり、経産婦ならではの思い込みですが‟ほっといても育つよね”と、楽観的でした。不安がないわけではありませんが、‟まさか2 人とも障害があるなんてことはないはず。きっと健康な子が生まれてくる”という、よくわからない自信というか思い込みがあったんです」(吉田さん)
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「予定日、間違えているんじゃないの?」体重以外は異常なし、と言われて
吉田さんは、転院先に総合病院を選びました。赤ちゃんが元気なら元の産院に戻ろう。入院でいったんストップしていた長男の療育を早く再開させたい! そう思いながら、総合病院での初診日を迎えます。
「『予定日を間違えているんじゃないの?』と総合病院での初診日に言われました。赤ちゃんが小さい(妊娠25週・推定体重530g)こと以外は異常がないことから、診断名は『子宮内発育不全』。そしてすぐに入院することになりました。
薬剤名は忘れましたが赤ちゃんを大きくする点滴の治療を受け、羊水検査も受けることになったんです。検査の結果、染色体に異常はなく、赤ちゃんが育たない理由はわかりません。
産科医からは『産んでみたら何事もなく、元気かもね』という言葉もあり、私も楽天家なので気楽に考えていました」(吉田さん)
入院して3週間、赤ちゃんの推定体重が1000gを越えたので、帝王切開での出産が決まります。
「妊娠33週の2003年2月14日、娘の陽菜が誕生しました。体重1090g、身長37㎝。元気な産声にほっと安心したことを覚えています。
NICUに入ってからも、黄疸は出ているものの早産が原因の症状であり、『それ以外はコメントなし』と言われるほど、経過は順調でした。やっぱり私のおなかの居心地が悪くて小さかっただけなんだ。そう信じて疑いませんでした」(吉田さん)
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順調と思っていた陽菜さん。医師の診断は、先天性サイトメガロウイルス感染症の“疑い”
NICUの医師は、早々に異変に気づいていました。吉田さんがそれを知ったのは産後1カ月のことでした。
「産後1カ月健診で、産科医から『胎盤が200gしかなく、一部が石灰化していた(※1)』と言われたんです。
『なぜ石灰化したんですか?』と質問すると、産科医は『なんでだろうね。でも赤ちゃんは元気なんでしょ? それならいいじゃない』と。そのシーンは妙に印象的で、今でもはっきり覚えています。
そのあと陽菜の面会へ行くと、NICUの医師から『ご家族も一緒に、お話ししたいことがある』と伝えられました」(吉田さん)
今後の治療方針の相談かな…と思い、後日、夫婦で面談することになったそう。
「そこで初めて『実は赤ちゃんがおなかで発育しなかったのは、先天性サイトメガロウイルス感染症ではないかと疑っています』と言われたんです。
初めて聞く病名でした。さらに医師から、実は生後2日にCT検査をしており、赤ちゃんの脳に石灰化した部分があったこと、でも今は、先天性サイトメガロウイルス感染症の確定診断ができる時期は過ぎていること、調べても意味がないので今後は経過を見て、症状に対しての対症療法をしていきましょう、と説明されました。
正直、そのときは何を言っているのかよくわかりませんでした。夫も『どうして疑いがあったときにすぐ教えてくれなかったのか。診断が確定できないなんておかしい。今からでも何とか調べてください』と、強く言いました。『陽菜はこれからどうなるんですか?』と聞いても、当時の医師は『わかりません』を繰り返すばかりでした。
家に戻って家庭向けの医学書で『サイトメガロウイルス』を調べると『TORCH症候群(※2)のひとつです』とあるのみ。当時はネットで調べても詳しいことはわからなかった記憶があります」(吉田さん)
そのあと、出産を担当した産科医と廊下でばったり会った際、吉田さんは「娘が先天性サイトメガロウイルス感染症の疑いがある」と伝えました。するととても驚き、「病名は知っています。でも僕、初めての症例で・・・」と、絶句したそうです。
※1 胎盤の石灰化は、胎盤に血流障害があると起こります。サイトメガロウイルスが胎盤に感染することでも起こりますが、他にもさまざまな原因が考えられます。
※2 経胎盤感染によって児に重篤な臓器・神経・感覚器障害をきたす病原体の頭文字を取って名付けたものを、TORCH症候群と称します。(トーチの会HPより)
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診断とともに告げられたのは、母子感染という事実
それから1カ月後の2003年4月、NICUの医師から「大学病院へ研究材料として赤ちゃんの尿を提出すれば、PCR検査で診断できる(※3)」と伝えられます。
「私たちは検査の依頼をしました。その結果、陽菜は先天性サイトメガロウイルス感染症であること。また、母子感染で間違いないと知りました。
私の感染経路についてはとくに医師からの説明はなかったですが、のちにいろいろな先生方とお話をして、私の感染は当時、保育所に通っていた長男を通しての可能性が高いな、と推測しています」(吉田さん)
妊娠中のサイトメガロウイルス感染経路でいちばん多いのが‟上の子のだ液や尿からの感染”です。サイトメガロウイルスは保育所のような場所にはたくさんいて、子どもたちは次々に感染しますがほとんどが無症状。治療の必要はありませんが、ウイルスを長期間にわたりだ液や尿から排出しています。子どものおむつを替えたり食事の世話をするうちに、母親が感染するのです。
「そのころの長男は偏食があり、食事を大量に残すこともあって、私が残りを食べていたんです。もっと気をつけていれば…私のせいで陽菜につらい思いをさせることになってしまったと、何度も自分を責めました」(吉田さん)
つらい診断があった一方で、陽菜さんの成長は順調でした。生後100日のお祝いを病院で行い、生後3カ月で退院します。
※3 実際は、生後21日を過ぎてからだと、尿を調べてウイルスが見つかったとしても先天性感染なのか生まれてまもなくの感染なのかの区別はつきません。しかし臨床的な特徴から、陽菜さんが先天性サイトメガロウイルス感染症であるという診断は妥当だと思います。(小児科医・森内先生より)
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医師の不適切な指導に、退院後も苦しむ日々
退院時、吉田さんはNICUの医師に、疑いがあったのに先天性サイトメガロウイルス感染症の話をすぐに伝えてくれなかったことについて聞きます。
「医師に質問をしたら、『息子さんに障害があり娘さんも・・・と、なると、産後のお母さんの心情を考えて言えなかった』と言われました。
さらに陽菜は今後、何の障害が出るか今はわからないこと、てんかん発作が出る可能性があるのでよく観察すること、聴覚検査の結果は正常であること、神経学的な症状は小頭症のみであることなど説明を受けました。
そして『娘さんには、普通の育児をしてあげてください』と言われたんです」(吉田さん)
しかしそのあとの医師の言葉が、吉田さんを最も苦しめることになります。
「『娘さんが1歳になるまでは、お母さんも陽菜さんもサイトメガロウイルスを出し続けているので、感染を広めないためにも妊婦さんのいる場所には近づかないでください』とのこと。私はその言葉を聞いて、『近づくと感染する=空気感染』と思ってしまったんですよね。でも、その情報は間違っていたんです」(吉田さん)
悲しいことに、今でも誤った知識から、先天性サイトメガロウイルス感染児の受け入れを拒否している保育所や幼稚園は存在するそうです。
「当時の私には医師の言葉がすべてでした。自分のせいで陽菜が先天性サイトメガロウイルス感染症になった上に、自分たちはいるだけでウイルスを世の中にまき散らしてしまう・・・。打ちのめされた気分でした」(吉田さん)
そして1歳を過ぎたころ、陽菜さんは「脳性まひ」と診断されます。
「普通の育児なんてできないじゃん!と、思う一方で、それまでの陽菜の動く様子などから‟やっぱりそうか・・・“とも思う自分がいました」(吉田さん)
先天性サイトメガロウイルス感染症に詳しい小児科医、森内浩幸先生に話を聞きました。
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【森内先生より】先天性サイトメガロウイルス感染症の治療は、生後2カ月までに始めることが大事
サイトメガロウイルスは、空気感染はしません。だ液や尿から排出されたウイルスが、直接的または間接的に口・鼻・目に入ってくることで感染します。
たとえば、だ液のついた子どもの唇や頬にキスをしたり、食べ残しや飲み残しを口にしたり、食器を共有したりすること。おむつを替えたあとでしっかり手洗いする前にあちこちを触ってウイルスを広げ、最終的にそれが口・鼻・目から入って来ることで感染します。
保育所のような場所にはこのウイルスはわんさかおり、子どもたちは次々と感染していますが、ほとんどが無症状。妊婦さんが感染した場合も無症状か、症状があっても軽く、ほぼ気づきません。そして胎内で感染したお子さんも、8割は何の症状も検査異常も認められません。症状がある場合も難聴などは詳しく調べないとわからないことが多いです。ただ、生後すぐに症状がなくても、あとから難聴や脳性まひ、てんかんなどを発症することもあるため、感染がわかったお子さんは成長するまで定期的に検査をしていきます。
陽菜さんが生まれた22年前は検査法も治療法も研究段階でしたので、確定診断そのものも実施が困難でした。当時に比べると今は、産婦人科医も小児科医も先天性サイトメガロウイルス感染症についての認知度はだいぶ上がったと思います。
先天性サイトメガロウイルス感染症は、生後21日までの尿を用いなければ診断を確定できません(それ以降はへその緒を用いて調べますが、感度が落ちるし、限られた施設でしか行えない特殊な検査です)。近年、生後2カ月までに抗ウイルス薬による治療を開始すると、聴力や発達が改善することが期待できるようになりました。ただし、そのエビデンスは生後2カ月までに開始した場合にしか得られていないのが現状です。だからこそ早期発見・早期治療が大切なのです。
お話・写真提供/吉田美知代さん 監修/森内浩幸先生 取材・文/川口美彩子 たまひよONLINE編集部
インタビューに応じてくれた吉田さんは「私、楽天家なんです」と、ほがらかな笑顔が印象的な女性です。淡々と、明るい口調で話してくれましたが、その体験は壮絶なものでした。後編では、退院後の陽菜さんが初めててんかん発作を起こしたこと、患者会「トーチの会」との出会いなどについて聞きました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
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森内浩幸先生(もりうちひろゆき)
PROFILE
医学博士。小児科医。長崎大学高度感染症研究センター、センター長。「トーチの会」顧問。長崎大学医学部卒。日本小児感染症学会理事長。日本ウイルス学会理事。日本臨床ウイルス学会幹事。アジア小児感染症学会常任委員会メンバーを務める。
※「トーチの会」では、母子感染症予防啓発マンガをつくるためのクラウドファンディング準備中!(2025年7月開始予定)
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年6月の情報であり、現在と異なる場合があります。
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