13歳の長男・まさとくんと、10歳の二男・はるきくんを子育て中のみーまさん。2人の子どもたちは2015年、夫の駐在先であるイギリスで、遺伝性の疾患である「ムコ多糖症II型」と診断されました。この疾患は、赤ちゃんのときは元気で異常が見られないものの、成長とともに発達が後退していく進行性の小児難病です。重症の場合、治療法がなかった時代もありました。当時は10代で亡くなることも少なくなく、平均寿命は16歳といわれていたこともあります。
治療法の進歩により、現在は寿命はのびつつあります。
みーまさんは「2人と一緒にいられる時間は限りがあるかもしれないからこそ、貴重な日々を大切に過ごしたい」と話します。全2回のインタビューの前編です。
生まれてしばらくは順調に成長。3歳ころから違和感を抱くように
――まさとくんとはるきくんが生まれたときの様子を教えてください。
みーまさん(以下敬称略) まさとを出産したのは2012年6月です。妊娠中はとくに問題はなかったものの、つわりで安定期を過ぎるまではあまり食べられなかったのを覚えています。出産は経腟分娩でしたが、分娩室に入ってから生まれるまで12時間もかかりました。出生体重が4544グラム、身長は56センチと、とても大きな赤ちゃんでした。
2015年4月生まれの二男・はるきのときは切迫早産で1カ月ほど入院していました。入院中は義母と義妹が家に来てまさとのお世話をしてくれました。
はるきも生まれたときは大きくて、出生体重は4548グラム、身長は54センチでした。
これは後から知ったことなのですが、ムコ多糖症の子は大きく生まれる傾向があるようです。
――赤ちゃんのときはどんな様子でしたか?
みーま まさとの発達は平均より早いくらいでした。一般的に生後3カ月から5カ月くらいに首がすわるといわれていると思いますが、まさとは生まれて1カ月を過ぎたころには首がすわったのかなという印象でした。言葉の発達もわりとスムーズで、発達の遅れはとくに感じませんでした。
それが3歳くらいになると「あれっ、ほかの子はこんなにいろんなことができるんだ。うちの子はちょっと成長がゆっくりなのかな?」と思うことが増えてきました。
たとえば、ほかの子は買い物に行ったとき、1人で買い物かごを持ってほしい商品をかごに入れたりしていました。でも、まさとはそれができないとか、言葉の数もなかなか増えないといったことが気になって・・・。
とはいえ、発達のスピードは個人差があるし、当時は体調面での不安も多かったので、「とにかく見守っていこう」と思っていました。
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何度もヘルニアにかかったけれど、医師には見落とされて・・・
――具体的にどんなことが気になりましたか?
みーま 生まれたころからおなかがパンパンに張りやすかったです。病院で診てもらうと「ガスがたまりやすいんでしょう。でも問題ないです」と言われました。授乳のときは鼻からミルクが出てきたし、耳だれも出やすかったです。
体もかたくて身長測定のとき、ほかの子はひざをまっすぐにして身長を測っているのに、まさとのひざは曲がったままでした。
また、1歳で右そ径ヘルニア、2歳で左そ径ヘルニア、2歳で臍ヘルニアの手術をしました。そのときも、どの医師からもほかの病気を疑うような指摘はされず、その後、はるきもそ径ヘルニアになったのですが、医師に「ヘルニアって遺伝するんですか?」と聞くと「めったにない。こんなにヘルニアにばっかりなるなんて、ヘルニアマニアだね」と、明るく笑われるような感じでした。
生後10カ月くらいのときには、下血をしたことも・・・。一緒にお昼寝をしていたのですが、目が覚めると布団が血の海になっていました。おむつの中は大量の血液まみれの便で真っ赤になっていて、すぐに救急車を呼びました。
結局、1週間ほど入院したのですが、下血については原因不明のまま退院しました。体のかたさ、ヘルニア、中耳炎、おなかがぽこっと出ていた体型など、ずっと気になっていた症状はすべてムコ多糖症の症状だったんです。私が「何かがおかしい」と訴えても、「とくに問題ないでしょう」といわれ医師から指摘されることはまったくありませんでした。
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イギリスで、鼻の形成不全の可能性を指摘される
――まさとくんとはるきくんがムコ多糖症と診断されたのはどんな経緯があったのでしょうか?
みーま 2015年の春に、夫がイギリスに海外赴任することになりました。二男はるきの出産が2015年の春だったので、夫には先に海外駐在に向かってもらい、私は日本ではるきを出産後、はるきが生後4カ月のときに3歳のまさとと一緒に夫を追いかけてイギリスに行きました。
渡英する日、まさとは飛行機に乗る前にひどい耳だれが出てしまいました。イギリスに着いてからは発熱もあり、ロンドンにある日本人向けの病院を受診しました。
そこで地元の総合病院の耳鼻咽喉科を紹介してもらい、改めて受診したんです。するとまさとの鼻が形成不全の可能性があるということを指摘され、今度は小児科に行くよう指示されました。
「日本人は鼻が低いから、それを形成不全と勘違いしたんじゃないかな?」と思いながら小児科に行くと、「発達は問題なさそうですが頭の大きさと手が四角いのが少し気になるので、念のため、頭と手の写真を撮らせてください」と写真を撮られました。
その数日後、遺伝科から「すぐに来てください」と留守電が入っていました。イギリスは医療機関どうしの横の連携がとてもしっかりしているようで、情報がすぐに共有されるようです。
――遺伝科にはすぐ行ったのでしょうか?
みーま いいえ、子どもたちは元気だし、まさかわが子が遺伝科なんて関係ない、そんなに大きな問題はないだろうと夫と話し合いすぐに予約は取りませんでした。イギリスに着いてすぐ、慣れない環境の中で耳鼻咽喉科、小児科とあちこちの病院に行くことになったのも大きいです。なんでこんなにたらい回しにされているんだろう・・・?とも感じていて・・・。
ところが遺伝科から電話が来て1カ月くらいたったある日のことです。会社から帰ってきた夫が、まさとの手を取り、しげしげと見ていることがありました。「どうしたの?」と聞くと、「まさと、もしかしたら難病かもしれない」と言い出すんです。
会社帰りに、たまたまムコ多糖症について書かれたネットニュースを見たとのことでした。その記事のなかに挙げられていた症状・・・たとえば、中耳炎やそ径ヘルニア、言葉の遅れ、体のかたさ、おなかのふくらみ、蒙古斑が多いことなどが、まさとにほとんど当てはまったというのです。夫がまさとの手の形を見ていたのも、ムコ多糖症の症状のひとつ、関節のこわばりによる、ちぢこまった手指の写真と比べていたからだったとか。
一緒にそのネットニュースを見ると、患者の子どもの顔がまさとにそっくりで・・・。
大きな頭に突き出たおでこ、太くて濃い眉毛、分厚い唇というのが、ムコ多糖症の子の特徴らしく、まさとはすべて当てはまっていました。血の気が引き、翌日すぐに病院に電話して、遺伝科の予約を取ったんです。2015年10月のことでした。
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検査前から、医師にムコ多糖症の可能性を指摘されて
――遺伝科ではどんなことを言われましたか?
みーま 診察室の扉を開けた瞬間、医師から「今日、どうしてここに来たかわかる?」と言われました。「息子がムコ多糖症ではないかと思うんです」と言うと、医師はまだ何も検査していないのに「おそらくそうだと思う」とうなずきながら言いました。
その後、さまざまな検査をして12月には検査結果が出ました。そして、2016年1月に正式にムコ多糖症II型と診断されました。
この病気は遺伝性の疾患ということで、念のため生後4カ月だったはるきも検査したんです。すると、はるきもムコ多糖症II型とのことでした。まさとが診断されたことで、はるきの病気の発見は早かったということになります。
――診断結果はとてもショックなものだったと思います。
みーま 医師の話を聞きながら、息ができず放心状態でした。どのように帰宅したか記憶がほとんどないほどです。子どもたちが病気というだけでも信じられないのに、難病で完治することがないなんて・・・。しかも進行性の疾患で、この先できないことが増えていく、早くに亡くなってしまうかもしれない・・・そう考えると、目の前が真っ暗になり、涙が止まりませんでした。その後しばらくは子どもの前では笑顔で過ごすよう心がけましたが、1人になると声を上げて泣いていました。
――ムコ多糖症は、子どもが成長するにともない、これまでできていたことができなくなるとのこと。なぜこうした症状が現れるのでしょうか?
みーま ムコ多糖症は、特定の酵素が生まれつきたりないことにより起こる疾患です。
私たちの体の中には「ムコ多糖」という物質が存在します。ムコ多糖は細胞のまわりにあり、体をスムーズに動かす役割があります。通常は、ムコ多糖を分解してくれる酵素が働くのですが、ムコ多糖症の子は、その酵素がたりないため分解できず、少しずつ体内にムコ多糖がたまっていってしまうんです。
すると体の中のさまざまな部分に悪い影響があり、知的障害や運動機能の低下などの症状が出てくるのです。
赤ちゃんのときはムコ多糖が蓄積されていないので、順調に成長しますが、年齢を重ねるにつれてこれまでできていたことが少しずつできなくなってしまいます。
ムコ多糖症は7つの型に分類されて考えられていて、それぞれ症状が少しずつ異なります。まさととはるきは「II型」です。この型は日本人に多いようです。重い型では、残念ながら完治はまだ難しく、治療が行われない場合には、10代で亡くなる場合もあるようです。
おそらく、イギリスの耳鼻咽喉科を受診したとき、医師はまさとの外見から、ムコ多糖症ではないかと気づいていたような気がします。
でも、日本ではいくら医師にまさとの心配な部分を伝えても、まったく気づいてもらえませんでした。ムコ多糖症は医師でも気づくのが難しい病気なのでしょう。でも、早期発見ができれば進行を遅らせることができるんです。
もう少し早くわかっていれば・・・という後悔が今でも強くあります。
それでも、子どもたちの笑顔が私を支えてくれました。
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未来を悲観するのではなく、今、このときを大切にしたい
――これまでつらい思いもたくさんされたのではないでしょうか?
みーま 先ほどもお話したとおり、2人が病気だとわかったときはショックで毎日泣いていました。
でも私がどんなに泣いても悲しんでも、つらい現実は何も変わりませんでした。そして、子どもたちはずっと笑顔でいてくれたんです。
2人の楽しそうな姿は、私のエネルギーの源になりました。この子たちが笑っているのに、泣いている場合ではない!しっかりしなくちゃ!と自分を奮い立たせることができました。
まさとは13歳、はるきは10歳になりました。2018年12月に日本で新薬の治験があることを知り私は子ども2人をつれて先に帰国しました。2019年4月に夫の駐在が終わり日本に帰国、現在は日本で暮らしています。もしかしたら、子どもたちと過ごす時間は限られているかもしれないと、考えると、残された時間の短さに胸がぎゅっとしめつけられます。
同時に、2人が笑顔でいてくれる「今このとき」を全力で生きる大切さも日々感じています。「当たり前の生活」は、けっして当たり前のものではなく、かけがえのない、奇跡のように大切なものであることを2人は教えてくれました。未来を考えて悲観するのではなく、子どもたちと一緒に過ごす時間を大切にしていきたいです。
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【蘇先生から】ムコ多糖症は、不要になった物質を分解する酵素がはたらかない病気
ムコ多糖症は、生まれつき不要になった物質(ムコ多糖)を分解する酵素がうまくはたらかず、体にたまることでさまざまな症状を引き起こす病気です。早期診断と治療が重要で、酵素補充療法やリハビリ、支援教育により、症状の進行を抑え生活の質を高めることができます。
外来では、兄弟の笑顔にいつも元気をもらっています。また、お母さまのあたたかいまなざしや支えも、日々の様子から伝わってきます。
お話・写真提供/みーまさん 監修/蘇哲民先生 取材・文/齋田多恵、たまひよONLINE編集部
2人の息子が進行性の難病だとわかり、とてもつらい思いもしてきたみーまさん。それでもみーまさんは笑顔を絶やさず「2人のおかげで強くなれた。子どもたちと過ごす時間を大切にしたい」と話しています。
みーまさん(みーま)
PROFILE
2015年、元夫の駐在先であるイギリスに同行。2012年生まれの長男・まさとくんと2015年生まれの二男・はるきくんが遺伝性の疾患である「ムコ多糖症II型」と診断される。2018年に帰国し、医療的ケア児や障害児向けの英会話教室、障害児ママのためのオンラインサロンを立ち上げる。SNSでも積極的に疾患について発信している。
蘇哲民先生(そ てつみん)
PROFILE
国立研究開発法人国立成育医療研究センター、遺伝診療センター、専門修練医。
●記事の内容は2025年7月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
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