「双子を妊娠しています」――そう告げられた3週間後、医師から「三つ子です」と伝えられたkakoさん。神戸市にある西代寺の副住職である夫とともに不妊治療に取り組み、体外受精の4回目で三つ子を妊娠しました。妊娠中のひどいつわりや多胎妊娠による管理入院を経て、32週で帝王切開により出産。現在は三つ子の女の子を育てています。妊娠から出産までの道のりについて聞きました。
全2回のインタビューの前編です。
4回目の体外受精でようやく着床
――2025年7月生まれの三つ子を育てているkakoさん。妊娠までの経緯を教えてください。
kakoさん(以下敬称略)ヨガインストラクターだった私は、真言宗のお寺の副住職である夫と知り合い、ヨガと仏教のつながりに不思議な縁を感じて結婚しました。
お寺に嫁入りし、ヨガの仕事との両立に忙しい日々もあり、本格的な妊活を始めたのは、入籍から1年たってからです。もともと私たちは、すぐにでも子どもが欲しかったんです。夫婦でブライダルチェックを受けたところ、双方ともに妊娠しにくい可能性があると指摘を受けました。当時夫は34歳、私は29歳でした。そこで少しでも早く妊活したほうがいいと考えたんです。
――すぐに体外受精をしたのですか?
kako 一般的な妊活は、タイミング法、人工授精、体外受精とステップアップしていきます。でも妊娠しにくいと聞いていた私たちは、すぐに体外受精を行いました。採卵し、受精卵になるところまではとても順調だったんです。
ところが子宮に戻してもなかなか着床しなくて・・・。うまくいかなかった結果を聞くたびに「どうしてなんだろう」と悩み、とてもつらい時期でした。全部で4回の体外受精を行いました。
体外受精では1つの受精卵を子宮に戻すのが原則らしいです。でも2回うまくいかなかったため、成功率を上げようと3回目からは受精卵を2つ戻すことになりました。そのときは「双子を授かれるかもしれない。それはありがたいな」と思っていました。
順調に進むよう、いろいろな願かけもしたのですが、3回目も結局うまくいかなくて・・・。「きっと大丈夫」と信じていたし、うまくいけば2人授かるかもしれないと期待していた分、本当に落ち込みました。
――4回目の体外受精について教えてください。
kako 4回目の体外受精を受ける日の朝は、ヨガの「太陽礼拝」を108回してから病院に行きました。太陽礼拝は、呼吸に合わせて一連の動きを繰り返すヨガで、108回続けることで集中力を高め、心身をリセットする効果があるといわれます。回数には「108の煩悩」を浄化する意味もあります。この日はちょうど、私の誕生日でもありました。
このときの体外受精でも、2つの受精卵を子宮に戻したんです。すると10日後の健診の血液検査で、妊娠の判定が出ました。そしてさらに1週間後の健診で2つとも無事に着床していることがわかりました。医師からは二卵性の双子だと言われました。本当にうれしかったです。不妊治療を頑張っていると知っていた義母や私の母も、泣いて喜んでくれました。
続きを読む
戻した受精卵は2つ。なのに、三つ子!? 医師も驚いた衝撃の健診日
――三つ子だとわかったのはいつごろでしたか?
kako 双子とわかってから2週間後の検査でした。エコー検査をしたところ、医師が「1つの胎のうに2人の赤ちゃんが見えるよ!三つ子だ!そのうちの2人は一卵性の双子だよ」と驚いていました。1つの受精卵が2人の赤ちゃんになっていたんです。
――そのときのkakoさんの気持ちを教えてください。
kako 医師からは、三つ子をおなかで育てるのは、母子ともにリスクが高いと説明されました。それを聞き、もちろん不安はありましたが、それ以上に「3人も来てくれたんだ」といううれしさのほうが大きかったんです。
三つ子であったことと、私の気持ちを夫に伝えると、真っ先に返ってきたのは『体は大丈夫?』という言葉でした。私の体を気づかってくれる夫の言葉に背中を押され、3人を育てていこうと夫婦で決めました。
――妊娠中の様子はいかがでしたか?
kako 赤ちゃんの心拍が確認できた妊娠5週目あたりから、つわりがひどかったです。また、どうきがひどくて不整脈も出ていて、甲状腺異常という症状もありました。妊婦健診を受けていた病院では、甲状腺の診察や治療をしていなかったため、別の病院に通院していました。
当時の体調はかなり悪く、ほぼ寝たきりでおふろも入れない状態…。重症妊娠悪阻で13週から1週間入院し、24時間ずっと点滴を打っていました。おなかは少しずつ大きくなるのに、8キロやせてしまいました。
妊娠20週くらいから少しずつ食べられるようになり、体重も増えていきました。
とはいえ「のどづわり」というらしいのですが、のどが詰まった感じがして、食事がほとんど食べられず、出産日までには結局、妊娠前の6キロくらいしか増えなかったんです。
また、つわりのために体力や筋力が落ちてしまったことと、三つ子の妊娠は早産や切迫早産のリスクが極めて高いため安静の指示が出ました。
妊娠24週で母子ともに何があるかわからないからと、管理入院したほうがいいと言われましたが、なるべく自宅で過ごしたいと考えていたので、自宅での生活を希望。30週までは週に1回通院し家で過ごすことにして、30週から管理入院することになりました。
切迫早産を防ぐための点滴を受け、エコー検査のとき以外はずっと個室にいる生活でした。点滴がすごく苦手でしたが、24時間ずっとつけっぱなしなのがしんどかったです。点滴もつらく、おなかも大きくて苦しくて、大変でした。
――おなかの赤ちゃんの様子はいかがでしたか?
kako おなかの上下に並んで2人、右に1人の状態で3人の赤ちゃんがいました。一番下がAちゃん、その上にBちゃん、少し右にいるのがCちゃんと呼んでいました。AちゃんとBちゃんが一卵性双生児です。3人ともそれほどポコポコ動く感じではなく、妊娠中ずっと子どもたちの位置は変わりませんでした。おなかの中に3人もいたから、少し狭かったのかもしれません。
――3人の性別がわかったのはいつごろですか?
kako 妊娠16週くらいの妊婦健診のときでした。医師が「性別がわかったよ。知りたい?」と言ってくれ、3人とも女の子だと教えてくれました。
本当は、ジェンダーリビール(サプライズで家族や友人におなかの赤ちゃんの性別を発表するイベント)をしたかったんです。でも、ちょうど性別を教えてくれたのは夫が付き添ってくれていた日で。サプライズではなく、医師から直接夫に伝わることになってしまいました(笑)。でも、ピンクの紙吹雪を入れた風船を3つ用意し、ばあばとじいじたちには発表することができました。
続きを読む
出産時は、手術の怖さや命に向き合う尊さに涙
――出産したときの様子を教えてください。
kako 妊娠32週で、計画帝王切開で出産しました。手術前は命と向き合う尊さを感じつつ、手術への恐怖心もあって、涙が出てしまうほどでした。
手術室は医師と看護師さんが総勢20名ほどいたと思います。保育器ももちろん3台ありました。
3人ともおなかの中ですくすくと育ってくれたので、出産時は大きなトラブルがなく、帝王切開も和やかな雰囲気で進みました。
事前にバースプランをお願いしていて、出産時はMrs. GREEN APPLEの曲をかけてもらうことにしていました。メドレーだったので、赤ちゃんが生まれる瞬間はどの曲になるんだろう?と思っていたんです。ところが、直前に音楽が止まってしまいました。医師が「出産のクライマックスで曲が止まっちゃったね」と言っていたのを覚えています。
――赤ちゃんたちの顔を最初に見たときの気持ちを教えてください。
kako おなかの子たちは処置が終わった順に、私の顔のそばにやってきてくれました。妊娠中はずっと「本当に3人もいるのかな、大丈夫かな」と心配ばかりで、自分のおなかの中に赤ちゃんがいることがなかなか実感できなかったんです。
それが、1人目の元気な産声を聞いた時点で感動し、私も大泣きしてしまいました。さらに2人目の産声で、本当に私のおなかの中で育ってくれてたんだと実感し、3人目で、改めて私のところに来てくれたことに感謝の気持ちでいっぱいでした。同時に、3人もおなかにいたのってすごいことだな…と、少しおかしくもありました。
みんなの元気そうな顔に「無事に生まれてくれて本当によかった」という気持ちでいっぱいに…。本当にかわいくて、夫と私の子どもたちが生まれてくれたんだと、とても感動しました。
とはいえ、初めて対面したときは、どの子がおなかのどの位置にいた子かわからず、にぎやかでもあり、あわただしくもありました。あとから動画を見ても、だれがだれかわからない状態です。
出産前は、三つ子たちの出生体重は1500グラムを超えているだろうと言われていました。でも実際の体重は、想定より小さかったです。
すぐにNICUに入ることになったのですが、たくさんの管につながれている姿が痛々しく、もう少しおなかの中でゆっくりさせてあげたらよかったなあと胸が痛みました。子どもたちはNICUには2カ月ほど入院することになりました。
続きを読む
NICUを経て、家族5人の生活へ
――kakoさんは娘さんたちよりも先に退院したのでしょうか?
kako はい。帝王切開後の通常の日程で退院しました。そのあとは、三つ子たちに会うため、毎日のように病院に通ったんです。入院して1カ月くらいまでは、子どもたちはまだ自分の口からは母乳やミルクが飲めなくて。私が持って行った母乳は、鼻から直接胃につながったチューブで入れていたんです。
看護師さんに「今、鼻から入れているのがママの母乳ですよ」と教えてもらっていました。
生後1カ月くらいから少しずつ哺乳びんで飲む練習を始めました。
会いに行ったら何かしてあげようと、ミルクをあげたり、おむつ交換、沐浴などをしてあげたりしていました。私の熱心な様子を見て、看護師が「三つ子ちゃんが入院している今が一番ママは休憩できる時間だから、ゆっくりしてね」と言ってくれて…。ありがたかったです。
――三つ子ちゃんが退院したときの様子を教えてください。
kako 生後2カ月のとき、3人一緒に退院できました。私と夫、義理の母と一緒に2人用のベビーカーと1人用のベビーカーを準備して迎えに…。車も三つ子のために3列シートの大きな車を購入し、チャイルドシートを助手席と2列目の席に並べられるようにしています。
三つ子たちの育児は、忙しさは3倍ですが、かわいさは3倍以上。数字に表せないくらいです。私たちのところに生まれてきてくれた子どもたちにも、夫や周囲の人たちにも感謝でいっぱいの毎日です。
お話・写真提供/kakoさん 取材・文/さいだ多恵、編集・構成/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部
続きを読む
不妊治療を経て授かった三つ子の女の子たち。妊娠中は重いつわりや管理入院も経験しましたが、現在は家族みんなで育児に向き合っています。
「忙しさは3倍ですが、かわいさは数字に表せないくらいです」と話すkakoさん。家族5人でにぎやかな毎日を過ごしています。
後編では生後10カ月になるまでの三つ子たちの成長の様子などについて聞きます。
kakoさん(かこ)
PROFILE
ヨガインストラクター。神戸市にある西代寺の副住職と結婚。結婚2年目で三つ子の女の子を出産。西代寺でも「寺嫁ヨガ」というプログラムでレッスンを行っている。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年5月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
記事一覧に戻る