お笑いコンビ・アンガールズの田中卓志さんは、今年の5月に男の子の父親になりました。日に日に成長する息子さんとの新しい生活を楽しんでいるようです。そんな田中さんに子育てで楽しみにしていることや、自身の子どものころのことを聞きました。全2回インタビューの後編です。
最近は寝ぐずりも…、寝かしつけに時間がかかることも
――育児がスタートして数カ月が過ぎましたが、息子さんのお世話で困っていることはありますか?
田中さん(以下敬称略) 新生児のころはおしりを揺らすと絶対に寝たんですが、最近は寝ぐずりをすることが多くなりました。これも成長の過程なんでしょうが、寝かしつけるまで時間がかかるようになってきました。
昨日も、まず妻が抱っこして次に僕が抱っこして…、と交代であやしながらなんとか寝かしつけることができました。今はひとつひとつのことに手探り状態ですが、妻との共同作業を楽しんでいます。
――では、「こんなにかわいいんだ!」と感じる瞬間も教えてください。
田中 最近、息子のおならやげっぷの音がかなり大きくなってきました。この間も僕が抱っこしているときに息子がびっくりするほど豪快なおならをしたんです。それを聞いた妻は、僕がおならをしたんだと勘違いして2人で爆笑しました。
あとは、哺乳びんの乳首から口がとっくにはずれているのに、ずっとチュパチュパ口を動かし吸っている動作がかわいくて。でもこの間は1時間くらい続けていて、「いい加減、乳首がないことを気づけよ!」って突っ込みました。
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広島の実家で行った、にぎやかな「お食い初め」
――YouTubeで「お食い初め」について話していましたね。
田中 そうですね、まだ食べることもできないのにどうして「食べさせるまね」をするのか、と思ったのですが、息子の健やかな成長を願ってイベントごとはやることにしました。
僕の父がまだ息子に会っていなかったので、広島に帰省をしてお祝いしました。親父は僕たちの結婚披露宴で大泉逸郎さんの『孫』を歌ったくらい孫の誕生を楽しみにしていたんです。ちょっとしたハラスメントかもしれません…。
母はもう亡くなっているので、息子を連れてお墓にも行って、『生まれましたよ』って報告しました。
――お食い初めはどんな様子でしたか?
田中 事前にお食い初めセットを購入し、実家に送っておいたので準備は大変ではなかったです。
父には親族の長老代表として、息子に鯛や赤飯を食べさせてもらうことにしました。説明書に「食べさせる(まねをする)順番は赤飯→吸い物→赤飯→鯛→赤飯」の順に3回繰り返すとあったので、僕が「親父、次は鯛ね」というふうに伝えていきました。
実際はまだ食べられないので、食べさせるまねをしたものはもう一度、お皿に戻すと思うんですが、親父はその戻した鯛や赤飯を次の回にあげようとするんです。でもそこは新しく器から取ったものを口に運んでほしいじゃないですか…、だから「親父、そこはサボらないで!新しい鯛をあげてよ!」ってちょっとけんかになってしまいました(笑)
――それはにぎやかなお食い初めでしたね。
田中 親父の横着(おうちゃく)がおもしろすぎて、みんなで大笑いでした。なかなか思い出に残るお食い初めでした。自分が子どものころにお食い初めをしてもらったかは定かではないんです。もちろん僕は覚えてないですし、父も記憶になく、写真も残っていないのでやっていないのかもしれません。
息子のお食い初めは記憶に残る楽しい行事になりました。1歳のお誕生日の「一升もち」も今から楽しみです。
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先輩パパの芸人さんとロケ先で一緒に子ども服を買いに行くことも
――父親になってから、ご自身で変わったことはありますか?
田中 やっぱり早起きになりました。以前は休みの日の朝は二度寝をすることもありましたが、今は起きたらまず息子の顔が見たいです。
仕事に対する向き合い方は昔と変わらずですが、息子が生まれてから子どもが出てくるVTRとかを見ると、前より泣くようになりましたね(笑)。昔だったら、泣くのが恥ずかしいと思っていたと思うんです。でも今は、別に泣いてもいいかなって。
――感情移入するようになったということですか?
田中 これまでは、人を笑わせる芸人なので自分が泣いたらいけない、みたいなブレーキをかけていたのかもしれません。でも父親になってからは、感情にブレーキをかけることもなく、感動したら泣くようになりました。泣いたら泣いたで、おもしろいかもしれませんし…。自分の感情を出せるようになったというか、前よりも素直になった気がします。
――子育てにまつわる悩みをまわりの先輩パパと話すことがありますか?
田中 あります。つい先日も「息子のつめを切りたいんだけど老眼だから怖いんだよ…」と話したところ、芸人仲間が電動のつめやすりの情報を教えてくれました。
また、海外ロケに行ったときも子どもがいる芸人と一緒に子ども服を買いに行き、「これから買うならこのサイズがいいよ」と、教えてもらったりしています。まわりに先輩パパがたくさんいるので本当に助かっています。
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唯一、芸人の夢を後押ししてくれたのはお父さん
――田中さんの子どものころの話を聞かせてください。どんな子どもでしたか?
田中 僕の実家は、広島県府中市上下町というところにあり、山の頂上にポツンとあるようなところでした。隣の家も見えないような環境な上に内気な性格だったので家族以外の人と接触する機会が少なかったんです。あまりにも人との交流が少なすぎるということで、母の提案で空手を習っていました。
――3人きょうだいの真ん中ですね。きょうだいとはどんなふうに過ごしていましたか?
田中 子どものころは庭先でよく3人でバドミントンをして遊んでいました。1対1の対決ではなく、毎回、2対1の対決でした。兄貴と弟がペアを組むことでハンデを負い、僕が1人というシチュエーションでしたね。このバドミントンはきょうだいの中で4年くらい流行っていて、本当によく対決をしました。
――ご両親はどんなふうにきょうだいを育てていた印象ですか?
田中 うちは母が厳しかったので、ある日、僕たちがゲームに夢中になりすぎて母が言っていることを聞かずにいたら、コントローラーを本体から引き抜いたことがありました。逆に父は静かな人だったので、両親のバランスはとれていたように思います。
――田中さんが芸人を目指していると知ったときはどんな反応でしたか?
田中 当時の僕は家族に芸人を目指していることが言えなくて、「東京の大学に行く」とうそをついて上京しました。でもそのことがバレてしまい、母はすぐにやめて帰ってこいと、祖父母は、芸人を目指しているなんて人に知られたら大変なことになると言って反対でした。そんな中、唯一親父だけは「やりたいことがあるなら、やったらええ」と寛大な姿勢を見せてくれました。
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50歳、父親人生は始まったばかり
――息子さんの教育について、夫婦で話すこともありますか?
田中 あります。習い事はどんなものを習わせようかとか、いつから通わせたらいいのかな、など考えます。
英語も幼児期から習わせたほうがいいのかな、なんても…。でも、これからはAIの時代なので、息子が大きくなるころには瞬時に翻訳する性能のいい機械が開発され、話せなくても困らない時代になっている可能性もあります。そう考えると、母国語である日本語を大事にしてもらいたいなと思ったりもしますね。
これもまわりの先輩たちの経験を聞きながら、息子の得意不得意を見て、手探りで考えていくしかないかなと思います。
――これから息子さんの成長が楽しみかと思います。どんな男の子に成長してほしいですか?
田中 自分がやりたいと思ったことを見つけて、それに向かって努力できる子になってほしいです。好きなことであれば人間、努力を惜しまないと思うので…。
そういう意味では、もし「芸人になりたい」と言ったら…、反対できないですね。自分も努力でここまで来たので、息子にも自分の力で道を切りひらいていってほしいです。
――最後にこれからパパになる人、今まさに子育てをしているパパたちに、田中さんからメッセージをお願いします。
田中 僕は50歳で父親になったので、もしかしたら読者のみなさんより人生経験があるほうかもしれません。でも毎日慣れない子育てに右往左往し、空まわりしてしまうことはしょっちゅうです。
父親人生が始まったばかりなのでまだまだこれからですが、家族の笑顔が増えていくよう一緒に頑張っていきましょう!
お話・写真提供/田中卓志さん 取材・文/安田ナナ 構成・編集/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部
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50歳で父親になった田中さん、まわりには助言をくれる芸人仲間がたくさんいるようです。「子育ては妻との共同作業」と話す田中さん。多忙な中でも妻とお世話を分担し、まわりの先輩パパから情報を得ながら、手探りで子育てに向き合っているようです。
田中卓志さん(たなかたくし)
PROFILE
芸人。1976年2月生まれ。広島県出身。大学卒業後の2000年に現在の相方、山根良顕と「アンガールズ」を結成し、ネタ作りを担当。バラエティー番組やドラマ、映画でも活躍している。2022年にはエッセイ「最高の食事」が日本文藝家協会編「ベスト・エッセイ2022」に選出される。2023年1月に結婚を発表。2026年5月上旬に第1子男児の誕生を報告した。
●記事の内容は2026年10月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
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